はじめに

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当サイトでは現役薬剤師である管理人が、薬剤師しか知らない薬の真実についてご案内していきたいと思います。

現役薬剤師

人類の進化と生活習慣病

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人が病気になる原因は不明な場合が多い一方、病気になる「理由」は意外とシンプルです。ダーウィンの進化論にも通じる話ですが、私たちの進化の過程を見ればその理由が見えてきます。

まずは、生活習慣病を例にみていきましょう。

人類は長い間、「飢餓の時代」を生きてきました。その時間は、何千年、何万年という気が遠くなるほどの年月です。一部の貴族や豪族などの階級の人たちは別だったのかもしれませんが、現代とは違ってわずか数百年前までは、大多数の人は「飢え」と向き合ってきました。

このような飢餓状態を耐えるためには、栄養を効率良く体内に蓄えるしかありません。そこで私たち人類は、糖や脂肪などを分解・吸収して利用し、余ったエネルギーを積極的に体の中に蓄えるように進化してきました。飢餓の中で生き残るには「栄養を効率良く蓄えられる人」が有利です。したがって、必然的にそのような遺伝子を持つ人だけが残っていったのです。これによって、人は何日も食べ物がなくても生きていけるように進化していきました。

ひるがえって現代は、飽食の時代です。特に先進諸国では食べ物があふれていて、肥満が社会問題となっています。これは、糖・脂質などが体内に少しずつ蓄積していった結果です。毎日消費されるエネルギーよりも、体内に蓄積されるエネルギーの方が多くなってしまったのです。

それにともなって、糖尿病や高血圧などの生活習慣病が深刻な問題となってきました。現在のように食べるものに困ることがなくなると、栄養を蓄えやすい体の性質が私たちに悪影響を及ぼすようになったのです。

例えば糖尿病の場合、血糖値を下げるインスリンの働きが重要になります。血糖値を下げるホルモンというのは、唯一、このインスリンしかありません。

しかし、よく考えてみれば飢餓の時代に血糖値を下げることは、そこまで重要でなかったはずです。それよりも、栄養がない飢餓状態の中でどうやって血糖値を上げ、活動エネルギーを捻出できるかの方がずっと重要なことだったでしょう。

実際、私たちの体には血糖値を上げる作用は無数に存在します。しかし、前述の通り血糖値を下げる働きは、インスリンによる作用しかありません。そのため、飢餓の時代ではインスリンは重要なものではなく、「進化の過程で人間が仕方なく残した、血糖値を下げるたった一つのメカニズム」でした。それが現在のように環境が激変して飽食の時代が訪れて初めて、インスリンが重要になったのです。ここから分かるのは、生活習慣病というものは、それまで人間が過ごしてきた飢餓状態から脱したことによって増えた病気だということです。

(続く)

病気の原因は分からない

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ここまでの説明で、薬が作用するときのメカニズムは理解できたと思います。

では、そもそも私たちはなぜ病気になるのでしょうか。残念ながら、世の中に存在するほとんどの病気の原因は分かっていません。

先ほど例に挙げたうつ病の患者さんの場合、脳内のセロトニンやノルアドレナリンの量が少なくなっているということまでは分かっても、では、なぜうつになるのか、というところまでは分かっていません。

病気を発症する要因というのは一つではなく、多くの因子が影響し合っています。うつ病の場合でも、生まれ持った「遺伝的な要因」、親しい人の死亡や結婚・育児などの「環境による要因」、ホルモンバランスの変化、感染症、がんなど「体が関係する要因」があります。これらがいくつも重なった結果としてうつ病を発症します。

これはうつ病に限らず、他の病気でも同様です。例えば、高血圧症患者の9割以上は原因不明です。高血圧を発症させる因子は肥満や塩分のとりすぎなどがいわれていますが、実際のところ、これといった原因はよく分かっていません。多くの要因が積み重なった結果、高血圧を発症するのです。

ただ、病気の原因のほとんどは不明ですが、中にははっきり分かる場合があります。こうしたケースでは、病気の症状を完全に改善させることが可能です。

例えば高血圧の中でも、体のある部分に腫瘍が生成され、この腫瘍から「血圧を上昇させる物質」がとめどなく分泌されることによって高血圧患者になるケースがあります。この場合は「腫瘍」という明らかな原因があるため、手術によって腫瘍を取り除けば高血圧は完治します。

これと同じように、感染症も明らかな原因が分かっています。感染症は病原微生物が原因となっているため、抗生物質や体に備わっている免疫機構によって病原微生物を退治できれば病気が治ります。例えば、性感染症の梅毒は、「梅毒トレポネーマ」という病原菌が原因であるため、この細菌を殺す薬を投与すれば治癒します。このように、病気の原因が分かっている場合に限り、薬による根本治療は可能です。

(続く)

うつ病とはどのような状態か

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「薬はどのようにして病気の症状を抑えるのか」を知ることができれば、「病気が起こっているときの体の状態」も理解することができます。

これまで説明した通り、薬というのは基本的に「受容体の作用を強めて」症状を抑えるか、または「受容体や酵素の作用を弱めて」症状を抑えるか、どちらかの役割しかありません。

このように見てくると、病気とは「ある特定の物質が極端に少なくなっている状態」、または「ある特定の物質が極端に多くなっている状態」だと考えられます。この状態を、薬が受容体や酵素に働きかけることによって足りない要素を補ったり、過剰となっている物質を阻害したりして改善するのです。

例えば、正常な人に比べて「ある特定の物質が少なくなっている状態」によって引き起こされる病気にうつ病があります。うつ病の治療薬は、不足している物質を何とかして補うことで、病気の症状を抑えようとします。

うつ病の有名な症状に、気分の落ち込みなどが起こる「抑うつ状態」があります。健康な人であっても気分が落ち込んだり暗い気持ちになったりすることはあります。しかし、健康な人であれば、たとえ一時的に気分が落ち込んでいたとしても、気分転換をしたり、時間が経ったりすることによって暗い気持ちから自然と回復していきます。

これがうつ病を患うと、強い抑うつ状態がずっと続いてしまいます。特に何の理由がなくても暗い憂うつな状態が継続してしまうのです。うつ病は心の病気ともいわれています。ただ、正確には、うつ病というのは脳の神経伝達物質の働きに異常が起こることによる病気であるといえます。

そのため、「気の持ちよう」や「気合い」などによって病気が治らないのと同じように、うつ病も適切な治療を行わなければ回復することも難しくなります。

私たちの脳は神経伝達物質によって情報のやり取りを行っています。この神経伝達物質の中には意欲や不安に関与している物質があり、このような神経伝達物質としてセロトニンやノルアドレナリンが知られています。うつ病患者には、脳内のセロトニンやノルアドレナリンが少なくなっているという共通点があります。そのため、これら神経伝達物質の作用を強めることができれば、うつ病から回復しやすくなります。

抗うつ薬はどれも「セロトニンやノルアドレナリンの作用を強めるように働きかける」という考えのもとに開発されています。薬が作用する細かいメカニズムは異なりますが、基本的に抗うつ薬が作用するときの考え方はどれも同じです。

ここでは、うつ病を例に「特定の物質が少なくなっている状態」を紹介しましたが、この「特定の物質が過剰または少なくなることによって病気が起こる」という考え方は多くの病気に共通します。うつ病の場合はセロトニンとノルアドレナリンと呼ばれる物質が重要になりますが、他の病気では、また別の物質の作用を薬によって強めたり弱めたりすることで病気を治療していくのです。

(続く)